【若干ネタバレ】「夢の引き際」を考える~映画「辻占恋慕」鑑賞所感~

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この映画のコピーに「激苦青春ラプソディ」とある。全くもってその通りだった。

 

音楽を目指す人はおろか、あらゆるクリエイターを目指す人、何らかの夢を持って頑張っている人、そうした経験のある人には、ぐいぐい刺さっていくと思う。
私も類に漏れず、かつて自分の夢を高らかに掲げ邁進していた人間なので、映画内に出てくるエピソードが痛いほどわかる。わかりすぎて泣けてくるレベルである。

 

以下、あらすじ起こしによる若干のネタバレあり。

続く感想も若干のネタバレを含みます。ご注意下さい。

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ライブハウスの対バンライブで知り合った主人公の信太とゆべしはその日のうちに意気投合し、親しくなってゆく。
アラサーの2人、特にゆべしは「引き際」について考えてはいるものの、迷い、もがき、信太にほだされるまま、売れないシンガーソングライターを続け、信太はゆべしのマネージャーになる。

ゆべしの才能を信じて疑わない信太は、「ゆべしのメジャーデビュー」を目指すも、当のゆべしはイマイチ乗り気になれないでいる。しかも信太の空回りによる売り込みばかりで、2人は衝突を繰り返す。お互いに想い合っているのにも拘らず……。見ていて痛々しい程だ。

短編映画に楽曲と共に出して貰う交渉し了解を得たはずなのに、全く想定外の出され方をされてしまう。

かたや、有名プロデューサーの下でアルバム制作を始め、納得いくモノができる……かと思いきや、そのプロデューサーが少し狂った側面を出し始め、ゆべしは困惑。

結局落ちついて楽曲制作ができず、ゆべしは本格的に煮詰まってしまう。

信太はそのことに気が付けないまま、かつての仲間を巻き込みつつ、更にもがき続けるのである。

 

物語の最後は、空回りばかりしていた信太が全てをひっくり返してしまうのだが、これも苦くてザラつくような「現実」を嫌というほど見せつけてくるのである。

 

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スカッとする爽やかさもなければ、明確なハッピーエンドはない。
ただ、苦しく辛い。
それでも、こうして感想を書かずにいられないのは、そこはかとなく思い起こされる自分の過去の経験に響くものがあるからだ。

 

山口百恵のような「美しい理想の幕引き」はそう簡単にできるものではない。
実際の「引き際」なんて、この主人公たちのようにしかならないし、そういう風にしかできない人の方が圧倒的に多いと思う。

私自身の「夢」の幕引きも決してよいものではなかったので、共感しかないのだ。
考えてみれば、私の「引き際」もアラサーだった。アラサーはそうした鬼門なのかもしれない。

 

「アラサー」は、20代前半ほどガツガツできるわけでもないし、世の中に「それなり」を求められる年齢の頃でもある。
「夢」と「現実」に一番向き合うのが「アラサー」という世代なのかもしれない。

(これはその時代を経てきた人間としての実感。私と狭いその周辺を見てきた実感でしかないが。)

 

無闇に「頑張れ」なんて励ますのも難しい。「じゃあ、やめちゃえば」なんて安易なことも言えないし、できない。
そんなことを考え、ぐるぐる自分の中を回りながら、「そうするしかなかった」という境地にたどりつくものなのではないだろうか。

まるでカエデの種が回りながら、風に吹かれ落ちていくかのように。

 


大いなる夢を持つ人々には、辛いだけの映画だろう。
しかし、この年齢になるとそういう現実を生きる人々のストーリーはものすごく安心する。「自分だけではなかった」ということからなのか……。

 

「酔っている」と言われてしまえば、否定はできない。

しかし、夢に向かって努力したことはうそではないし、その努力や現実が今をつないでいると考えれば、「それでいい」と思えるものだ。
だから彼らも「それでいい」し、私たちも「それでいい」のだと思う。

「だからだめなんじゃん」なんて、吐き捨てることもできるが、それじゃあ自分自身が悲しすぎやしないか。
自分のことは自分がよくわかっているはずだから。

 


何度も書いて恐縮だが、この映画は決して分かりやすいハッピーエンドではない。
見せつけらた現実は何もなかったように過ぎていくが、その現実は何もなかったわけではないことを教えてくれる。

 

「めちゃくちゃに苦く」「ティースプーン一杯あるかないかの優しさ」がある、そんな映画ではないだろうか。