「お盆」にまつわるエトセトラ

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盆入りの今日ではあるが、その数日前に旦那さんと墓参を済ませた。


旦那さん方の墓所は割と街中にあるので、時間が掛からず向かうことができ、車ですぐ乗りつけられる。
こんなことを言ってよいのかわからないが、毎年のことながら旦那さん方の墓参は本当に楽なのだとしみじみする。
なぜこんな風に感じるのかというと、私が今までやってきた墓参というのは、中々大変だったからなのだ。

 

結婚を目前に実家を出るまで、月に一度の父方墓所の墓参と掃除は私の役目だった。
特にお盆前は念入りに掃除をする。

その為母親の仕事の都合が合えば一緒に行くこともあったが、大抵の場合私1人で山深い父方の実家方面に車を走らせる。

 

車を停められる広場まで辿り着くのに50分。徒歩で畑と山を分け入って登り、墓所にたどりつくまで10分余り。その登りの途中で親族宅があり、そこで墓所で使う水を分けてもらい、更に登る。(山の中の墓所の為、水道施設がない)


登った先の畑の片隅にひっそり一族の揃う墓所がある。ここの墓参は蚊取り線香をつけ、「掃除」という名の草払いから始める。畑の片隅なので一年中草の生えない時がない。
「草払いが中心か」「落ち葉かきが中心か」それだけの差だ。
お盆時期は嫌という程、草が覆い、茂る。正直除草剤を使いたいところだが、周りが畑なので撒くわけにもいかず、うんざりしつつも蚊取り線香の煙に包まれつつガシガシ草を払う。

 

「墓参=草払い」なので、必然的に作業着(にしている古着)を着ていく。
正直、周囲の草刈りを終え、仏花の水替えをし、仏様用の線香に火をつける頃には、頭の先から体じゅう汗でどろどろ。
自宅でしっかり塗り込んだ日焼け止めもすっかり流れおちてしまっている。
墓参が済むと来た山道を下り、目隠しをした車内でサッと着替えて帰宅する。

 

そんな感じの墓参で、確実に半日は取られる。
早めに出られない場合は手弁当持参で作業に当たらなければならないから、失笑しか出ない。

 

それがお盆半月くらい前。
そしてお盆入り直前は、盆提灯を出して飾り、お供え膳の仕込みと仕上げまで私一人でやってしまう。
サービス業従事の時に出来なかった分、慣例通りに休める仕事に転職してからは、ほぼ自分でやってきた。
実家にいた頃の方がよっぽど「結婚後の義実家」さながらだ。

 

ここまでやりこなさざるを得なかったのも、色々あっての結果なのだが、それを考えると、ただ心穏やかに墓所にて手を合わせられる今が本当にありがたいと思う。

 

因みに母方墓所の墓参も勿論行ってはいたが、母親と共に行くことが多く、私は墓所に向かうための運転手としての役目がメインだったので、少しは楽であった。