「成人の日」だから思い出す話(後編)

前編からの続き

 

さて、ここで新聞奨学生の時代まで時を進める。

 

日ごろから色々と厳しい販売所の住み込み生活。
家族経営の零細販売所であったために、レギュラーメンバー(住み込み学生)がイレギュラーで休むことは絶対に許されないし、実際の休み自体も休刊日と他1日のみという状況であった。
そういう状況もあり、「成人式のために休みをもらう」ということが大変困難であるということは、優に想像ができた。


秋も深まったある日、決死の思いで夕刊の配達を終えた後、所長にお願いをしに行く。

 

「実家に帰省して成人式に出席したいので、お休みをずらしていただけませんか?」
「成人式ぃ~?そんなん出席せんでもいいんやで?」
「私も出ないで済むならそれでいいのですが、母が私のために着物を誂えて待っているので、参加しないわけにはいかないんです」
「そんなに出席したかったら、ここ(住んでいる地域)の成人式に出たらええやんか」

 

全く会話がかみ合わない。
半分狙って話を展開しようとしているのかと思ってしまう程だ。

 

「いや、ですから実家の母が私のために大枚はたいて無理して着物を準備してくれているんです。それだけを楽しみにしている母を無下にできません」
「そんなに出席せんなんもんなんか?ワシの子供たち(既に30代)なんて出るとも言わんし、今までの住み込みの子も言うたことなかったで?」

 

そうするうちに、所長の奥さんが口をはさんでくる。

 

「そんなんしてまで出らなあかんことなん?配達はどうするん?あんたの代わりに出てもらう人探さなあかんのやで?私らの子供たちも出るなんて言うたことないで?」
「所長や奥さんが言われるのは、それはもう、ごもっともなのですが、私の場合はそういうわけにはいかないんです。とにかく私だけの問題ではないんです!母が待ってるんで…その日の朝刊の配達は出るんで、そこを何とかお願いできませんか?」

私の場合は「義務」なのだ。何としても折れるわけにはいかない。

「そんなこというたかてなあ…そんなん言うてくるて、女の子はめんどいなぁ…(ごにょごにょ)」

所長がぼやくと奥さんも同調する。

「うちの娘でもそんなこと言わんかったのに…(ごにょごにょ)」

 

その後も何やかや言われながらも、何とか説き伏せて一日だけ休みをもらうことに成功した。
その時言われた言葉がこれだ。

 

「こんな事初めてや。あんたの着物のために迷惑かける人がおるのを忘れるな。」

 

確か、そんな風な捨て台詞を所長か奥さんかどちらかに言われたように覚えている。
強烈すぎた。とても、とても悔しかった。母が無理して準備してくれた着物を汚されたような気がした。


そんな感じで成人式の日を迎えてしまったため、とてもじゃないけど晴れやかな気持ちにはなれなかった。

 

成人式前日の朝刊を配り終え、その足で空港に向かい、実家方面に向かって飛行機で飛んだ。公共交通機関を乗り継いで実家に到着したのは夕方差し掛かる頃だった。
その夜は知人に成人祝いの小さなパーティーを居酒屋で開いてくれるというので参加し、寝るか寝ないかの翌日、日も明けきらない内から着付けに出かけ、着付けが済んだら慌てて近所の写真館で晴れ着撮影をし、昼頃の成人式に参加した。
実際の式典では、ただみんなの前で一言抱負を述べただけ。同級生たちとまともに言葉を交わさぬまま会場を去り、あれだけ時間をかけた着付けもヘアセットもすべて解いて、関西向けの最終便の飛行機に間に合うように荷物を置かせて貰っていた美容室を後にしたのである。
実家に戻る時間など寸分もなかった。

 

一番楽しいであろうその後の歓談会にも同窓会にも参加できないまま、同窓生とまともに言葉を交わすわけでなく、私の、そして母の成人式は終わってしまったのだ。

 

あんなにお金をかけさせた結果がこの有様か…と帰りの飛行機の中で思わざるを得なかった。
しかし、写真撮りの時に立ち会って貰った時の母親は嬉しそうにしていた。
ただ、母親当人ははこんなことを本当に望んでいたのだろうか…そう思うとやりきれず、帰りの道中涙が出そうだった。
泣かずに済んだのは、昔近所に住んでいてお世話になったお姉さんとたまたま関西に戻る道中で一緒になり、話を聞いてくれたからだと思う。


住み込みの販売所にたどり着いたのは、夜中差し掛かる頃だった。翌早朝には普通に朝刊配達が控えている。元々ないようなものだが、成人式の微かなる余韻に浸る余裕など、まるでなかった。

 


翌早朝、いつも通り下の販売所に向かう。「成人式どうだった?」とか所長や奥さんに特に声をかけられた記憶はない。
ただ、いつも通りぬからずに配達を終えることだけが私の使命だと思ってやりこなした記憶しかない。

 

後日、母親から私宛に郵便物が届いた。開けてみると、きちんと写真台紙に収められた「慌てて撮った晴れ着姿の私の写真」だった。
よく撮れてはいたものの、きつい顔立ちをした私がそこにいた。
それが私の、その当時の全てなのだなとじっくり眺めるまでもなく、そっと台紙を閉じた。

 

あれが母親が望んだ成人式の姿だったのだろうか。
そして、「私の成人式」とはなんだったのか…。

 

 

 

だから2回目の二十歳を越えてしまった今でも、この時期になるとどうしても思いだしてしまう。
新成人の晴れ着姿を見かけると、必ず。

 


ペットボトルのコーヒーをすすりながら、私はただ眺めていた。
あの時の「あの気持ち」を表に出すわけもなく。